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永遠の課題:自信と余裕を持つ

 

 

わたしの永遠の課題は、自信と余裕を持つ ということです。

自信について、わたしの場合はじぶんにではなくて、かろうじて作品に持てるようになってきたというだけなので そもそもないのがデフォルトのようなものなのですが。

いろんなことが上手くいかないとき、人に優しくできないとき、なんだか不調が続くときは 自信の他にプラスして 大抵 余裕が無い。

 

中高とたくさん悩みに悩んでやっと出した結論と、解決法がそれでした。

 

自信と余裕があれば。

自信と余裕さえあれば。

ずっとずっとずっとそう思ってきました。

 

そうはいっても あの頃に比べたら 自信を持てるものが少しずつ増えてきて、余裕の身につけ方も少しずつ分かってきたはずなんです。でもやっぱり難しい。特に 自信の持ち方。

余裕 に関しては 成り行きというか そのときの課題や仕事量による精神状態と、それをどううまく消化するか どうやってうまくじぶんのご機嫌を取るか みたいなところなのでもう自分次第なのですが、自信を持つ、のはそうもいかない。

実績。経験。それらの積み重ねでしか身につかなくないですか?

わたしが作品に自信を持てるようになったのはやはりたくさんのひとたちに すき だと言ってもらえたからで、それの積み重ねでだんだんわたしもすきになることができました。

そしてそれができるようになってから思うことは 自信 を持つことでものはより良くなっていく ということ。人にしてもそうだと思うのです。

 

自信がある人はかっこいい。堂々としていて、すてきです。魅力的です。憧れます。

そうは思っていても、自分自身のことって 作品みたいに すきだとか そういうようなことを言われる機会なんてなかなかなくて、だから自信がなくなる一方で

いつまで経っても自分自身に自信が持てなくて、それどころか だいぶひねくれてしまっていて 年々卑屈になっていくのがかなしい。自覚しています。尚更タチが悪い。

 

それから わたしは 自信と余裕がない、ってじぶんだけじゃなくて 他人にも迷惑かけるな というふうに感じていて、そういうのも込みで 卑屈になってしまうというかなんというか。

自信がなくて、わたしなんて。でも。だって。ばかり言っているひととはできれば関わりたくないですし、余裕がないひとはどうしてもトゲトゲしがちだから そばにいると攻撃されかねない。いっしょにいるメリットが一切ないと思うのです。

 

わかってはいるのです。

 

「でも」「だって」自信の持ち方がわからない。自信がない。「わたしなんて」だめだめなんです。自信を持てるはずがないんです。

ほら、完璧。三拍子が簡単に揃ってしまう。

 

じぶんがこんなんだから、自信を持って堂々としているひとがすごくすごく魅力的に見えて かっこよくて 羨ましくて 憧れで。そんなひとと比べてまた自信をなくして その繰り返し。

これを書きながらも あーこんなの都合のいい言い訳だな、って思って落ち込んでます。永遠ループ。

 

自信と余裕のある女性になりたいです。

 

 

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