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大学を中退してフリーランスになりました

 

 

こんばんは。

 

ご報告が遅くなりましたが、先月、武蔵野美術大学を中退しました。

 

退学するにあたり、大学の近くに住んでいる必要が無くなったのでついおととい引越しをし、いま、なにもなくなったアパートの部屋でこれを書いております。

 

やめてからはや1ヶ月半が過ぎまして、なぜ今更なんだという感じなんですが、ずっと書こう書こうとしてはいたものの、ありがたいことにそこそこ忙しくさせていただいていて それがやっと落ち着いたのでいまになってしまったというわけです。ここ1週間がピークでした。

 

やめるまでの経緯は こちら に詳しく書いてありますので気になる方は併せてお読みいただければと思います。

 

 

 

 

まず、あの記事を書いてからのこと。

 

…あの記事を書いてからの記憶がほぼない。こわい。なんでだ、、退学届けを書いた記憶もない……出したあとからしか思い出せない…ということにいま気づいて怖くなってます。

 

とりあえず、退学届けを出してから受理されるまで1~2週間ほどあり、そのあいだはひたすらもやもやしていました。

それまでは悩んでたのが1週回ってなんとかなるっしょ!と余裕ぶっこいていたのですが、いざ退学が現実味を帯びてきたらどうしようもなく不安になり落ち着かず、就活サイトみたいなものを漁っては会社に話を聞きに行くということを何度もしてました。フリーランスになる、という覚悟がまだできてなかった。

もちろんすてきだな、と思える会社もあったし、あとはわたしの意志だけみたいなところまでいったところもあったけれど、どこも自分が働いていることを想像することができず、途方にくれてしまって、帰ってひとりで泣いたりもした。

そんななかいちばん期待を抱きながら行った会社でサイトやSNSを見ていただいたとき「20歳でここまでやりたいことや世界観が確立されているのに、うちに来る必要はあるの?」と言われて、わたしはなにも言い返せなかったんです。

言い返せなくて、理由が答えられなくて、やっとわかった。これはわたしのやりたいことじゃない。わたしはわたしのすきなように、やりたいように生きていこう、と、覚悟ができました。そのあとはもう就活サイトをみるのはやめた。

 

 

覚悟ができたおかげか、退学届けが受理されたとの報告を受けた瞬間、とてもホッとしたのを覚えています。何よりも先に、やっと自由になれるんだ、と思った。

 

 

やめてから驚いたのは、ほとんどが今まで通りであまり変わらなかったこと。変わったのは、わたしの体調が良くなったことと、しごとが増えたということくらい。それが大きいのだけど。いまのところ、いいことしかない。

 

 

体調のことでいうと、離人感、というものに去年から悩んでいて、本当に気持ち悪くてつらくてかなしかったのですが、退学してからぱたりと消えてなくなりました。自分が戻ってきた。ふと気づいたとき、思わず 嘘でしょ?と笑っちゃったくらい きれいさっぱりなくなった。自転車に乗ることも 駅のホームに立つことも、全然怖くなくなった。それがすごくうれしい。

 

 

おしごとも、本当にありがたいことにいただけています。2018年からのものもいくつか決まっていて、これからどうしようかといろいろ考えている最中です。

周りにこういう職業のひとがいないので 多いとか少ないとかそこらへんは全然わからないのですが、、一応いまのところ生活はできています。ありがとうございます。

 

 

 

わたしが心の奥底で心配していた 周りの反応は 特に何の心配もなかったです。やめたんだ~!桃花なら全然大丈夫っしょ!応援してるわ~!みたいな感じで。報告するたびにこっちがびっくりしてます。笑

わたしがどこに所属してようが関係ないんだな、と、ちゃんと、わたし を評価してもらえてるんだなと安心しました。

 

 

 

あとよく聞かれるのが、両親の反応について。

もともと、やりたいならやればいいじゃん!というスタンスの両親なので、反対はされませんでした。

 

特に母は あ~やっぱり?いつかこうなると思ってた(笑)と言うくらいですからね…わたしにも意味がわからない。逆に父とは若干揉めました。揉めたというか冷戦状態にすこし。でもそれはやめるな、と言われたわけではなくて。

 

ちょっと昔話をすると、父は昔 デザイナーを目指していたひとでした。でもならなかった。そのままちがう職業についた。そしてわたしが生まれました。

でも、ふと、わたしがちいさいころ、父がデザイン画を描いていた光景を思い出すんです。詳しくは覚えてないのに、本当に、ふと、思い出す。きっと、ずっと諦めきれていないんだろうな、と今でも思います。

 

だから、わたしがデザインを始めたとき、武蔵美に行きたいと行ったとき、合格したとき、作品を見せたとき、いつもいちばん喜んでくれたのは父でした。(もともとわたしがパパっ子なのもあるかもしれないけれど!)

合格したときなんか 合格したのはパパじゃないでしょ… と母とふたりドン引きするくらいのガッツポーズをして泣いて喜んでくれました。

 

やめるかも、と言ったときの悲しそうな横顔が忘れられません。あの顔を思い出すと、やめる、のひとことがなかなか言えなかった。

しばらくまともに口を聞いてくれなくて、耐えきれなくなって、やっと、やめるね、と伝えました。わたしの考えとか気持ちも一緒に。

そしたら そうか、ももが、やりたいことがあるならいいんじゃないか、と言ってくれてそのあとは元通りになりました。

 

わたしが思うに、わたしが辞めること自体ではなく、もっと複雑ななにかに、父は悩んでたんじゃないかな、と。わたしが選んだならそれでいい、でも、きっと、わたしの夢は父の夢でもあるから。父の、憧れだった大学への、未練を捨てきれなかったのかもしれない。

 

 

実はすこし前まで、なんの干渉もされないことが寂しいと思っていた時期がありました。

 

でも、それはわたしの勝手な思いで、両親はいつだってわたしのやりたいことを、選ぶ道を、いつも信じて、背中を押して、いちばんそばで見守りながら 応援してきてくれました。

こんな好き勝手してる娘を信じて見守るなんて並大抵のことじゃないし、わたしには絶対できない。わたしが思ってるよりずっとずっと大切に育ててもらってるんだなと改めて痛感させられました。

 

 

 

 

わたしにはもうあとがありません。来るところまで来てしまった。

それと同時にこれはこうなるべくしてなっているのだとも思います。いまいる場所がしっくりくるというか。

 

これからは進むしかない。わたしが進んできた道に、人生に、自信を持てるまで必死で努力していくしかない。

自分で選んだ道で努力して、しあわせになることが 両親へのいちばんの恩返しなんじゃないかと思うんです。ずっと信じてきてくれたから。

 

 

 

とにかく、いまはすっきりして、そこそこ忙しく、たのしく、やってます。という報告です。もっといろいろ書きたいことはあるけれど、それはまた年末にまとめとして書こうと思います。

 

 

 

最後にこれ、しいたけ占い。笑

 

 

これからが本番。

 

 

まだまだ未熟でちっぽけなわたしですが、精進して参りますので これからもどうぞよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

SHE shares にて取材をしていただきました。 こちら からお読みいただけます。

 

 

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